無職に噛みついている社畜こそ最底辺の人間だ

どうもニアです。

私はセミリタイアブログを読むのが趣味です。

特に私をセミリタイア道に導いてくれた某ブロガーの記事が大好きで、毎日読んでいます。

しかし、そのコメント欄を見ていると「無職の癖に」とか「暇そう過ぎて無職にはなりたくないな」なんて言ってるコメントを見かけることがあります。

社畜の分際で無職様に楯突くな

以前も言いましたが、無職VS社畜のバトルは圧倒的に無職の勝ちです。

そもそも今の日本人が抱えている悩みのほとんどは、会社に勤めていることによって発生しています(上司が嫌すぎる、満員電車に乗りたくない、飲み会が嫌、自由時間が無さすぎる等)。

社畜がいくら無職に噛みつこうが無職からしたらいい迷惑なだけで、社畜なんて自分の体にたかるハエみたいなもんです。

社畜がいくら吠えようが無職は働かなくていいのですから。

せっかく無職が優雅にゲームしたり布団でぬくぬくしているのに、社畜がいちいち噛みつくから言い争いになるだけで、無職からしたら社畜なんていちいち気にするまでもない虫けらみたいなもんです。

それに無職に噛みついている社畜を見ると「お前が戦うべき相手は無職じゃないだろ」と思います。

社畜が戦うべきは自分が勤めている会社です。

もっと具体的に言うなら、自分の会社にいる雇用主たる社長か、社畜本人を苦しめている上司や同僚などの特定の人だろと思います。

しかし社畜はそういった「自分が本当に向き合うべき相手」と戦う勇気がないので、叩きやすそうな無職を選んで噛みつくのです。

自分より弱そうな相手にだけ選んで戦いを挑むところがいかにも小物臭がして哀れです。

加えて、「無職じゃ暮らしていけないだろ」とか「ちゃんと働いて給料を貰わないと生きていけないだろ」という発言もナンセンスです。

無職というのは働かなくてもいいから無職なわけです。

十分な貯金があるかもしれないですし、生活保護費を得ているのかもしれないですし、家賃や配当金などの不労収入があるのかもしれません。

しかし理由はどうあれ働かなくてもいい身分なんです。

日々働いて日銭を稼がなくては生きていけない社畜とは身分が違うんです。

彼らは日本のクソ労働市場からの脱出に成功した人たちです。

それに伴い終身雇用制度の崩壊やうつ病のリスクなど、クソ労働に伴う全ての問題を解決したわけです。

嫉妬するならまだしも叩いたりするのはナンセンスです。

無職にはいかなる攻撃も通用しない

社畜が無職に対して「無職は信用がない」とか「無職は世間体が悪い」なんて言って噛みついているのを見ると馬鹿だなと思います。

無職にはいかなる攻撃も通用しません。

そもそもネットを介してコメントで攻撃を仕掛けたところで、無職がパソコンを閉じてしまえばもうそこまで。

どんな暴言を吐こうが正論ぶつけようが、無職には届きません。

届いたところで読まなければいいだけですし、読んでも鼻で笑って終了です。

無職からしたら「あーあ、まーた社畜リーマンが吠えてるよ~。こっちはゲームに昼寝に忙しいのにな~。まあ、こんなコメントを隙あらば送ってくるリーマンってよっぽどの暇人なんだろうな。」と思われて終わりです。

他にも「無職は信用がない」とか「無職だと世間体が悪い」とか言いますが、そんなものは無職にとってクソほどどうでもいい事なので、いちいち気にするまでもありません。

それに無職に向かって信用の無さや世間体の悪さを指摘すればするほど、社畜が不自由しているのが明らかになってしまいます。

無職は働かなくていいのですから、誰かから信用される必要もなければ世間体を気にする必要もないのです。

そういった社会の煩わしい慣習や風潮から脱出し、社畜では一生手が届かないくらい「上」にいるのが無職なのです。

幸福度では圧倒的に無職の勝ち

無職に向かって「何もすることがなくて暇そうだから嫌」なんて言っている人もいますが、正直負け惜しみにしか聞こえません。

無職とは言っても実際は、ブログを書いたり読書したりゲームしたり昼寝したり自炊したりと大忙しです。

それに、どんなに暇だったとしても毎日毎日あくせく社畜労働に忙しいよりは百倍マシだからです。

私は今会社員ですが、無職に噛みついたことはありません。

彼らの方が「上」だからです。

彼らは毎日ムカつく上司と顔を合わせることもなければ朝早くから満員電車に詰め込まれることも客からクレームを入れられることも達成しなければならないノルマも煩わしい飲み会もありません。

私も同じステージに駆け上がるべく今は準備を進めている状況です。

いつの日か彼らと肩を並べて生きていける日々を目指して頑張ります。

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