このブログも数百年後には歴史的価値のある古文として評価されてそう

どうもニアです。

このブログは管理人兼執筆者である私、ニアがセミリタイアを目指す中で感じたことや思ったこと、セミリタイア挑戦の経過を書き連ねたブログです。

まだ閲覧数も少なく、とりとめもないブログですが、数百年後は偉大な文学として歴史書に載ってそうだなと思いました。

文学とは昔のくだらない文章である

学校の国語の授業で徒然草や枕草子などの歴史的文学作品を読まされましたが、正直くだらないと思っていました。

今でもくだらないと思っています。

だってそうですよね。

徒然草なんてとあるお坊さんの日記帳じゃないですか。

書き始めからして単なる日記帳でしかない雰囲気を漂わせています。

(原文)つれづれなるまゝに、日くらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。

(訳)することもなく手持ちぶさたなのにまかせて、一日中、硯に向かって、心の中に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、あてもなく書きつけていると、(思わず熱中して)異常なほど、狂ったような気持ちになるものだ。

つまり徒然草というのは、とあるお坊さんが暇だから適当に日記をつけていたら数百年後の日本人に歴史的文学作品として評価されているというわけです。

数百年前の人間が書き連ねたものが現存しているから歴史的価値を持っているというだけであって、内容自体は取るに足らない日記に過ぎません。

もちろん当時の生活環境や風習などを知るために必要な文章であり、それ自体が歴史的価値を持っているというのは理解できます。

しかし文学とまで崇められて学校の教科書に載せられて全国の学生に読ませるほどの価値があるとは思えません。

例えば枕草子や源氏物語なんて仲の悪い女性同士の言い争い日記じゃないですか。

ツイッターでクソリプ飛ばし合ってるのと何が違うんですか?

ただ古いというだけで教科書に載るほどの歴史的価値を持つならば、このブログも数百年後には偉大な文学作品として歴史書に載っていてもおかしくないでしょう。

このブログが歴史書に載るとしたら

もしこのブログが歴史書に載るとしたら、「セミリタイアという概念を当時の日本に広く知らしめるきっかけとなった偉大な人物ニアによって執筆された」とかいう紹介文が載るのでしょうか。

今の日本は労働が当たり前の社畜国家ですが、数百年後にはセミリタイア活動が広まり、AIやコンピュータの発達によって一般人が働かなくても暮らせるようになるかもしれません。

そして遠い将来の子供たちは歴史書を読みながら「昔の日本人は”シャチク”といって、一日8時間以上も働く異常極まりない蛮族だったんだ」と恐ろしい過去を知るのです。

そしてそんな異常極まりない時代に「セミリタイア」という概念を知らしめるべく戦った偉大な人物ニアが居たこと、働かなくても済む今の時代に至るまでの歴史と経緯を知るのです。

そう考えると、つれづれなるままに書き続けているこのブログも、いずれは歴史的価値のある文章となる気がしてきます。

もちろん私は古いから歴史的価値を持つなんて評価のされ方は本望ではありません。

私は若くしてセミリタイアを成し遂げたという偉大な功績によってその名を知らしめたいのです。

そんなことを思いながら、今日はここで筆を置きますね。

コメント