どうもニアです。
昔から大人に言われていたセリフで、今でも嫌いなセリフがあります。
それは「若い時の苦労は買ってでもしろ」です。
苦労なんて無いに越したことはない
大人は子供に向かって「苦労すればそれが経験となって後々役に立つ。だから苦労してでも頑張れ」的なニュアンスで子供にこのセリフを言うわけですが、これが昔から大嫌いでした。
だいたい苦労を買ってでもしたところで その後に良いことが待ってる保証なんてどこにもありません。
大抵の場合、「無駄な苦労だった」「別にしなくても良かった」という結論が得られるだけです。
そもそも苦労なんて生きていれば大なり小なり誰でも経験するものです。にもかかわらず、わざわざ苦労を買って出るなんて馬鹿げています。
買わなくても向こうから勝手にやってくるから苦労しているんです。
苦労なんてしたくもないのにしなければならない時があるのですから、苦労しなくていいときは苦労しないに越したことはないのです。
若者に苦労を押し付けたいだけ
「若い時の苦労は買ってもせよ」なんて苦労を若者に押し付けたいだけの老害のセリフとしか思えません。
あるいは皆が苦労しているからお前も苦労しろという同調圧力バカの可能性もあります。
だいたいみんなが辛い思いをしているかどうかなんて知ったこっちゃありません。
皆が辛い思いをしていようが、それが私も苦労しなければならない理由にはなっていないからです。
私が辛い思いをしているからって他の人にも苦労させなければならないわけでもないですしね。
他人に苦労を押し付けたいだけの戯言は無視
若い時の苦労は買ってでもしろだなんて言葉には反吐が出ます。
そういった苦労を今までにしたことがありますが、それで報われたことなんて一度もありません。
ただ都合のいいように使われたという屈辱感しかありません。
苦労したくなくても苦労してしまう人生を生きているのに、私はもうこれ以上無駄な苦労をしたくありません。
避けられる苦労は避けるべきです。
無駄な苦労をした人間は歪むからです。
以下のツイートがまさにそれを代弁してくれています。
ウチの母親が私が少女の頃に言い聞かせてくれた「しなくても良い苦労をした人は歪む。だから、しなくても良い苦労はしなくて良い」という言葉がすべての人に浸透すればいいのに。
— 北丸 (@kitamaru) December 1, 2016
「自分がした苦労をしないでいい人に不満を持つ」「自分が損をしてでも、他人を有利にさせたくない」「誰かを貶めるためなら、自分が不幸でもいい」というような歪な考え方が、最近、はびこり始めているなあと感じる。人に与えたものが、手元に残るものなのに。(小池一夫)
— 小池一夫 (@koikekazuo) September 21, 2017
苦労して人間性が磨かれるというようなことは無い。苦労が人を育てるということも無い。できることなら余計な苦労はしない方がいい。しかし、苦労のない人生は無いので、その苦労をどう生かすのかで人生の質が変わる。苦労で自分を歪めないこと。(小池一夫)
— 小池一夫 (@koikekazuo) March 30, 2017
買ってでも苦労したい人は勝手に買って好きなだけ苦労していればいいですが、私にその考えや苦労を押し付けないでほしいものです。
私はセミリタイアという無駄な苦労のない世界に旅立とうと準備している状況です。
なのでこれからは「若い時の苦労は売られても買わない」の方針で行きたいと思います。
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