愛読書を読んで初心に帰った

社会人になってからというもの、すっかり読書から遠ざかっていました。

そんな中、本棚を見ると懐かしい本を見つけたので久々に読んで見たら目標に向かってがむしゃらに頑張っていたころの自分を思い出してしまいました。

学生時代の愛読書「受験は要領」

私はド田舎の自称進学校(笑)出身です。

東大合格者は一人でも居ればいい方で、大抵の人はその辺の有象無象の大学に進学していくという情けない高校でした。

授業はただひたすらに長いし課題は山ほどあるし、とてもじゃないですが大学受験を志すには劣悪過ぎる環境だったのです。

しかし、そんな環境下でもなんとか有名国立大に合格できたのはとある一冊の本に出会えたからでした。

人生を変えた一冊

人は一生のうちに何度か「人生を大きく変える本」に出会うと言われています。

私の場合、そのうちの一冊は間違いなく「受験は要領」という本です。

この本に書かれていたことは、当時の私からすれば突拍子もない事ばかりでした。

例えば、

「数学は暗記物」
「受験に才能や知能指数は全く関係ない」
「学校の宿題だの課題だのは無視しろ」
「大学受験では頭の良い奴ではなく、要領の良い奴が勝つ」
「問題を考えるな。さっさと答えを見て解き方を覚えろ」

などなど。

明らかに常識に反する言葉ばかりであり、一読しただけでは飲み込めなかったので、何度も何度も読み返しました。

すると、一見デタラメに聞こえるようなこれらの言い分が非常に理に適っていることが分かってきました。

そして、この著者を信じて本に書かれている通りに受験計画を組んで実行しました。

すると、あれだけ伸び悩んでいた成績が嘘のように伸び始めたのです。

常識を打破する

成績が上がってきたとはいえ、受験に合格するかどうかは分かりません。

実際、私のいた高校の卒業生のほとんどは大した大学に行けなかったからです。

成績が上がってきたとはいえ、私の成績・高校のレベルからして、私が行きたいと思っていた大学は常識的に考えて合格する見込みは薄かったのです。

いくら頑張っても、この努力は報われないのかもしれない・・・。

そんな不安に押しつぶされそうになった時、私を助けてくれたのは、教師でもなければ友達でもなく、ましてや親でも兄弟でもなく、「受験は要領」でした。

曰く、

「灘高生が有名大に受かるのは恐れずにバンバン受験しに行くからだ」
「模試がC判定だろうが、受かる可能性は十分にある」
「お前には無理だなんて言葉には一切耳を貸すな」

結局、私は教師や親を無視して多少無理にでも上位国立大学を出願し、見事合格を勝ち取ったのです。

その時私はこう思いました。

「親や教師の言う事なんて何の当てにもならない」
「常識なんて信じたらダメ」
「自分が信じることだけが大切で、その他には何の価値もない」

「受験は要領」という本は私の中にある古臭い常識を打破してくれた、まさに「人生を変える一冊」だったと言えます。

この本に出会えなかったら今頃三流私大で留年生活を送っていたかもしれません。

ちゃんと読書しよう

ひさびさに愛読書を読み返して思いましたが、「やっぱり読書は大事」だという事です。

テレビや新聞では手に入らない情報が本には詰まっています。

昔から思っていましたが、本というのは基本的に頭の良い人にしか書けません。

なぜなら「本を一冊書く」というのは、ある分野において一定以上の見識を持っていて、なおかつそれらを体系立てて論理的に記述できるレベルが要求されるからです。

特に「良書」とか「名著」と言われて読み継がれているような本の著者はとてつもなく頭が良い

そういった著者の言い分に耳を傾けられる読書はやはり良い。

テレビや新聞などは低俗過ぎてみる価値もありませんが、本には価値がある。

久々に愛読書を読み返してつくづくそう思い知らされました。

社会人になってからというもの、すっかり読書から遠ざかっていましたが、久々に読書という習慣を再開したいと思った次第です。

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