人生の後悔ワースト3

どうもニアです。

私はまだ20代であり、大して長生きしているわけではないのですが、それでもこの年になるまで色々なものを見聞きし、体験してきました。

そんな人生を振り返ってみると後悔していることがたくさんあるわけですが、今日はその中でもワースト3の後悔を紹介したいと思います。

これを自戒として、今後同様の後悔がないように生きたいと思います。

第三位:他人の言動を無視できず、自分の直感や感性に従う勇気を持てなかった事

このブログを読んでいる人には分からないでしょうが、ニアは昔優等生だったんですよ。

自分で言うのもなんですが、成績も素行も良く、他人の言う事を素直に聞き入れる模範的な学生だったのです。

とはいえ、当時からそういった生き方に違和感を抱いていました。

親や教師の言う事を聞きつつも「それは違うんじゃないか?」とか「それは現実に即していないようにしか見えないな」と思ってはいたんです。

「真面目に頑張っている奴が報われる」とか「みんなと仲良くしましょう」とか、誰もがよく聞く言葉とかですね。

大人が言ってるんだから多少はまともな事を言ってるんじゃないかと思って完全に無視するわけにはいかないのかなと思っていたのです。

しかしそれこそが大間違いでした。

今振り返ってみると、もっと親や教師、マスコミ、というか他人の発言全てを片っ端から無視して自分の本心や感性に従う勇気が必要でした

人の話を聞くのが大切とはよく言いますが、ここでいう人とは親の言う事でもなければ教師の言う事でもなく、ましてやマスコミの言う事でもありません。

自分が尊敬する人や目標としている人、そして何より自分自身の声を信じるべきだったのです。

他人の言葉を無視すること、自分の感性に従うこと、そしてそれを貫き通すこと。

その勇気と強さがあれば、後悔の少ない人生を歩んでこれただろうにと思わずにはいられません。

もちろんそんな生き方をすればたくさんの失敗を経験することになるでしょうが、「後悔すること」は少なくなっただろうと思います。

第二位:お金に執着しなかったこと

第二位はお金に執着してこなかったことです。

書き間違えではありませんし、あなたの読み間違えでもありません。

「お金に執着しない方が良かった」とは書いていません。

「お金に執着してこなかった事」を後悔しているのです。

というのも、資本主義社会ではお金こそが絶対的正義だからです。

もっと子供のころからお金に執着して、お金の勉強と稼ぎ方の勉強をするべきでした。

お金よりも大切なものがあるんじゃないかと思っていろいろ探してみたわけですが、そんなものは(少なくとも現時点では)見つかりませんでした。

「お金よりも大切なものがあるはず」などと考えてしまったがために私はずいぶん遠回りをする羽目になりました。

もちろんお金が全てではないでしょうが、全ての物事にお金が必要です。

お金があることで解決できることや達成可能となることは多々あれど、お金がない事が有利に働くことなんてありません。

それに「人生で大切なのはお金じゃないよ」と言っている人を見てみると、もう十分なほどにお金を持っていたりします。

つまりそういう人が「大切なのはお金じゃない」と言えるのは既に金銭的に満たされているからであって、全財産没収してやればすぐにそんな戯言は言えなくなる。

そりゃ持てる者は好き勝手言えるでしょうが、持たざる者はそんな綺麗事を言える立場じゃない。

何とかしてお金を手に入れなければならないという事です。

傍から見たらお金に執着している人は見苦しく見えるでしょうが、それは仕方のない事です。

ごちゃごちゃ言う前にまずは一生分の生活費を稼ぐこと

これを最優先に立ち回っていればもう少し楽に生きられたのにと後悔しています。

やりたい事とか楽しいことは金銭的に満たされた後から見つければいい。

第一位:安心・安全な人生を求めてしまった事

何と言っても一番はこれです。

私が一番後悔していることは「良い大学に入って良い会社に入って安定した人生を過ごそう」などと考えてしまったことです。

これを後悔しない日はないと言ってもいいくらいの大きな後悔です。

というのも、そもそもこの世に安定した人生なんてあるわけがないからです。

人はいつどこで死ぬかも分からない。どんな目に遭うかも分からない。誰と出会い、誰と別れるかも分からない。

人生は不確実性の塊であって、安定・安心なんてものは最初から存在しないのです。

少し考えれば誰にでも分かることなのに、それに気づかずに「安定した人生」なんて虚像を追い求めてしまったことを一番後悔しています。

今でこそ私はブログでは「学校は奴隷養成施設」とか「社畜生活はクソ」とか言っていますが、実は高学歴で一応大手企業に勤めている人間なんです。

世間一般でいうところの「安定した生活」を目指して勉学に励んできたのですからね。

でも、実際良い大学や良い会社?とやらに入ってみましたが、私の心は全く満たされませんでした。

それどころか、不平や不満、そして今までの努力は無意味だったのではないか?という疑念すら湧いてくる始末です。

私は「安心・安全を求める不毛さ」に23歳ごろになってやっと気づきましたが、気づくのが遅すぎた気がします。

もちろん気づくのが遅れたからと言っても、今からやり直せないわけではないので、今まさにセミリタイアという生き方を目指しているわけです。

どうせ百年後にはみんな死んでるんだから楽しく生きたもん勝ちです。

楽しく生きることこそ、後悔のない人生なのですから。

今後は後悔の少なくなるように生きていきたいものです。

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