役に立たないと思うことわざを晒し上げておく

どうもニアです。

「ことわざ」というのは先人たちの経験知を簡潔に言い表した言葉として知られています。

時は金なりとか案ずるより産むが易しみたいな役に立つことわざがたくさんあるので、私も学生時代に多くのことわざを覚えようとして「ことわざ集100選」みたいな本を読んだことがあります。

しかし一方で、

これは違うんじゃないか?
これは間違っているし、現実に即していないだろ

と感じることわざもあります。

私自身、こういったことわざを信じてしまって損してしまったという後悔があるので、この場で晒し上げておきたいと思います。

役に立たないと思われることわざ集

果報は寝て待て

果報というのは幸福な出来事のことであり「幸運がやってくるかどうかは人間にはどうすることもできないのだからじっくり待っていた方がいい」ぐらいの意味です。

しかし、えてしてチャンスというのは自分から掴み取りに行かないと手に入らないものです。

寝て待っていて手に入るものなど何もない

そもそも幸運を期待するというのが気に入らない。それって他力本願ですよね。

現実世界では「幸運を自分から掴み取りに行ってやるぐらい」の気持ちと行動力が必要なのですから、このことわざは現実に即していない。

残り物には福がある

「残り物には福がある」とは他の人から選ばれず最後まで残ったものの中に、本当に価値のあるものや良いものが残っているという意味です。

そこから転じて「欲深く我先にと手を出す人よりも、他の人に譲るような人に幸運が訪れる」というニュアンスで使われることもあります。

でもこれって現実世界では嘘でしかありませんよね。

残るというのは残るだけの理由があるはずなんです。

例えば売れ残りの総菜なんかだと、美味しくないとか品質の割に高いとか見栄えが悪いとか。

婚活だと、偏屈とか高圧的とか容姿があまり良くないとか低収入だとか。

何にせよ、誰からも選ばれずに売れ残るだけの理由があるからこそ残り物になっているというのが現実的な解釈です。

「残り物に福がある」だなんていうのは残り物を売りさばきたい人間、もしくは売れ残ってしまった人間が自分を慰めるために流した妄言に過ぎない。

したがって、現実に即して正しく言い換えるならば「残り物には(残るだけの)理由がある」というべきでしょう。

石の上にも三年

石の上にも三年というのは、冷たい石の上でも三年間上に座っていれば徐々に温まってくるという事です。

そこから転じて「どんなことでも三年間続けていれば成果が出るから頑張れ」とか「多少嫌な事でもとにかく三年間は続けてみなさい」という意味で使われている言葉です。

現代社会だと「一度入社したからには3年間はその会社で働こう」という意味で新入社員に向かって言われることが多い言葉です。

私自身、このことわざを信じて三年間何かを続けてみたことがありますが、正直後悔しています。

そもそも三年というのは長すぎる。

一カ月くらいやってみて「あっ、これは自分に合ってないし嫌だな」という事は三年経とうが嫌なままです。

もし言われた通り三年やってみて何の成果も得られなかったらどう言い訳するつもりでしょうか。

三年間やってきたことは何の役にも立たなかったし三年間ずっと嫌な気持ちだったという事実は消えない。

それに三年やってみて成果が出るとは限らない。

もちろん「継続は力なり」ですから、続けることで少しは上達するでしょう。

しかし、それ以上に人間には向き不向きというのがあって、自分に向いてないことを三年間やっても人並み以下に終わることも多々あります。

だから無責任に「三年続ければ成果が出る」というこのことわざは鵜呑みにできません。

三度目の正直

三度目の正直というのは「物事の一回目と二回目は期待通りにならなくても、三回目なら期待通りになる」というぐらいの意味です。

でもこれって何の根拠もないですよね。

そりゃ一発で何でも上手くいくわけじゃないでしょうから、3回くらいチャレンジしてみることが大事というのは分かりますが、三回目で成功する保証はどこにもない。

「二度あることは三度ある」ということわざもありますしね。

結局のところ、三度目が上手くいくかどうかなんて結果論でしかない。

亀の甲より年の功

このことわざは「年長者を尊敬して年長者の意見には耳を傾けるべき」という意味のことわざで「おじさんの言う事を聞くべき」ということですが、これが昔から気にいらない。

そもそもオッサンの言う事なんて9割方が自慢話か無意味な苦労話のいずれかでしかなく、聞くに値する話はほとんどない。

オッサンはアドバイスという名目で若者にあれこれ説教を垂れたがるものですが、オッサンが過ごした時代と現代社会とでは世相や常識が全く違うという事を考慮できていない人がほとんどです。

年を取ったからといっても相応の経験や知識を積んで人として熟成しているとは限らない。

ただ年食って老けただけのオッサンがほとんど。

だから「年長者の意見には耳を傾けろ」ということわざに素直に従う気にはなれない。

耳を傾けるべきかどうかは年の多寡ではなく、その人の見識や実力のレベルで判断するべきです。

ことわざだから正しいわけじゃない

今回は今まで生きてきた中でそういった「このことわざは嘘だな」というのを上げておきました。

私自身、これらのことわざを信じてひどい目に遭った、とまではいかなくとも信じて損したことがあるからです。

自戒の為にもこれらのことわざは今後とも信じないようにしていきたい。

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