自分の不甲斐なさに腹が立つ

どうもニアです。

セミリタイアを目指して頑張っているニアですが、最近の活動内容や実績を振り返ってみると自分の不甲斐なさに腹が立ってしまいました。

自分の能力の低さによって二年間の努力が水の泡に

以前の記事で「コロナのせいで資産が溶けてしまった」と言いましたが、あれは嘘です。

本当はコロナのせいではなく、自分の投資能力の低さによって資産が溶けたのです。

そこを勘違いしてはいけません。

コロナの影響で株価が大暴落したというのは事実ですが、大暴落初期にすぐ損切りしてしまえばダメージを最小限で抑えられたはずです。

それどころか、暴落を予期して空売りを入れておけば大儲けすらできたはずです。

にもかかわらず、「コロナなんてインフルエンザの亜種みたいなもんだろ?市場が過敏に反応しただけで毎年よくあることだから、そのうち持ち直すさ」なんて呑気に構えて市場が発する危険信号を無視してしまったのです。

今となっては結果論に過ぎませんが、仮にコロナが単なるインフルエンザ程度のレベルだったとしても、株が値下がり傾向に入った以上は持ち株を売って下落リスクに備えるべきだったのです。

現実を直視しなければならない

何かうまくいかなかったときや自分に不都合な事実に直面したとき、大抵の人は自分以外の物に責任や原因を求めようとします。

会社ガー、社会ガー、親ガー、安倍ガーとか言う奴です。

自己を正当化することによって自分の自尊心を守ろうとするわけです。

それは認知的不協和と言って、自我を守るための本能的な思考回路です。

しかし、そうやって現実を無視して自分に都合のいいように解釈しても事実は何も変わりません

どんなに屁理屈をこねて自己正当化できたとしても、自分に都合の悪い事実は依然として現実世界に横たわっているのです。

それを何とかしない限りいつまで経っても苦しい自己正当化に走らなくてはいけなくなります。

そんなものは単なる現実逃避に過ぎないのであって、不毛すぎる考え方です。

この世の不利益は全て当人の能力不足

私が好きな「東京喰種」という漫画には次のようなセリフがあります。

この世の不利益は全て当人の能力不足で説明がつく
弱者は蹂躙される。侵され犯され冒される

この言葉を最初に見たときは

「この世の全ての不利益が全てその人の責任だなんて、なんて偏った考え方なんだろう」

と思っていましたが、徐々に「まさにその通りだ」と思うようになりました。

結局のところ、その人にどれだけの事情があろうとも、その結果に陥ったのは自分自身の選択によるものであって他の誰でもないわけです。

自分が弱いから自分を苦しめる存在に立ち向かえない。
自分の判断が間違っていたから不利益が生じる。
自分の頭が悪いから問題を解決するための方法を考え出せない。

全ては自分の能力不足が原因だという事です。

他の誰でもない自分自身が悪いという考え方は大抵の人には受け入れられません。

以前の私もそうでしたが、何か自分に不都合な事があると本能的に自分以外の物に責任転嫁したくなってしまうんですよね。

そりゃあ、誰だって「自分が悪い」だなんて思いたくないですからね。

全て自分が悪いし、自分の責任。自分を変える必要がある。

本能的にそういう思考回路がプログラムされているのかもしれませんが、そういう考え方ではいつまで経っても負け組のままなんだなと思ったからこそ、自分を変えていく必要性に気づくことができました。

悔しいし認め難いことですが、自分自身の能力が不足していたからこそ自分に不利益が生じてしまったという事実を直視しなければなりません。

自分の過失や能力不足を認めることが成長の第一歩なのですから。

辛い事ではありますが、「この世の不都合は全て当人の能力不足」という言葉を飲み込んで、現実を直視していかなければなりません。

全て自分が悪い。全て自分の責任。全て自業自得の結果。

そう考えて立ち回らないと一生負け組のままだという事です。

自分の不甲斐なさに腹が立ってしまいましたが、これを機に自分の考え方や行動を変えていく必要がと認識したニアでした。

まだまだ先は長そうです。

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